■書名:看取り犬・文福の奇跡
■著者:若山 三千彦
■出版社:東邦出版
■発行年月:2019年8月
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特別養護老人ホームでの人と動物との絆を描いた心癒される15の物語
帰宅すると玄関で出迎えてくれる。
しっぽを振り、飛び跳ねながら嬉しそうに散歩に出かける。
朝、布団の上に乗って顔を舐めて起こしてくる。
こちらが気落ちしていると、大丈夫?と言うようにぴったりと体を寄せてくる。
家族でけんかをしていると止めさせようとして鳴く。
犬や猫を飼ったことのある人なら、このような経験をお持ちだろう。動物は私たちが思っている以上に、人間の状況や気持ちがわかるようだ。
本書のタイトルになっている『文福』は、人間の気持ちを読み取る能力が特に高い犬であるようだ。
文福が暮らしているのは、神奈川県横須賀市のとある特別養護老人ホーム。犬や猫と暮らすことのできる全国で唯一の施設だ。
完全個室制・ユニット型で、1ユニットには、居室が10室、リビング、キッチン、トイレ、お風呂があり、全12ユニットのうち、2階にある4ユニットで犬・猫と暮らせるようになっている。
それぞれのユニット内で犬や猫は自由に暮らし、入居者の部屋にもベッドにも入ることができるという。
この特別養護老人ホームで暮らす犬や猫は、利用者と一緒に入居したものと、保護犬・保護猫や被災犬・被災猫が引き取られたものに分かれている。
本書の主人公の文福は、あと1日で殺処分されるところで引き取られた保護犬出身だ。
そんな文福は、自分をかわいがってくれた入居者の最期が近づくと、その人の部屋の入口で悲しそうにうなだれて座り、いよいよその時が迫ってくると、部屋の中に入ってベッドの脇でずっと寄り添い、顔を舐めたりして看取りをするという。
人間に捨てられ、命を失いかけたにかかわらず、入居者の最期を看取ろうとする健気さには心を揺さぶられる。
<おそらく文福は、人に見捨てられ、一人ぼっちで死の淵に立っていたからこそ、死に向かい合う不安を理解しているのだろう。孤独に死ぬ辛さをわかっているのだろう。だから入居者を一人で旅立たせないよう、最後まで寄り添って、看取ろうとしているのかもしれない。死の恐怖に怯え絶望した体験が、看取り犬・文福の原点に違いない。
文福の看取り活動は、老人ホームで高齢者とペットが共生できることを、共生することに意義があることを、職員に確信させた。>
本書には、舞台となった特別養護老人ホームでの入居者と犬や猫との絆の物語が、文福をはじめ15編掲載されている。
・認知症の独居男性の田中さんと一緒に入居したダルメシアンのアミ
・福島の原発避難エリアの楢葉町出身の被災犬のむっちゃん
・難病の進行性核上性麻痺を患う高田さんのリハビリに一役買ったキャバリアのナナ
・多くの入居者に可愛がられ看取りをした保護猫のトラ
・認知症を患う山田さんの幻覚症状の恐怖を鎮めたテンカン発作の持病がある保護犬のアラシ
・入院している間に認知症が進み、自分のことも忘れてしまった橋本さんに寄り添い続けたトイプードルのココ
どの物語も人と動物が共生することで起きた奇跡のドラマだ。その多くが死別という悲しい結末でありながら、暗い雰囲気はない。
それは、入居者の方々が大好きな文福たちと過ごすことで充実した生を全うできたからだ。
そして、犬や猫たちも同様に入居者の方々に愛されて満たされて生を終えている。
<特別養護老人ホームにとって、「死」は避けられないものである。入居者は80歳代後半以上の方が多く、重度の方ばかりである。そして、犬や猫の「死」も避けられないものだった。入居者の「死」も、犬や猫の「死」も、何回も体験していた。
それなのに、いや、それだからこそ、職員たちは死をも超える強い絆の存在を感じている。その絆を感じることに励まされ、死別のつらさを乗り越えることができている。
虹の橋からのエールは、入居者と職員を力強く励ましている。>
「虹の橋」とは、世界中のペット愛好家の間で知られる伝説で、亡くなったペットたちが飼い主との再会を待つ、天国の手前にある場所のことだ。
虹の橋に旅立った犬や猫も天国に行った入居者の方々も、死ぬまでの年月を愛する存在と共に過ごすことができて、とても幸せだったに違いない。
人生の最期を幸せに生きることの大切さを考えさせてくれる一冊である。
著者プロフィール(引用)
若山 三千彦(わかやま・みちひこ)さん
1965年神奈川県生まれ。横浜国立大学教育学部卒。世界で初めてクローンマウスを実現した実弟・若山照彦を描いた『リアル・クローン』で第6回小学館ノンフィクション大賞優秀賞を受賞。教員を退職後、社会福祉法人心の会を創立。2012年、特別養護老人ホーム『さくらの里山科』を設立。